DNA~アートセラピー

木炭が暮らしに欠かせなかった時代。

冬場の仕事として、祖父は山で炭焼きをして生計を立てていた。

長男だった父も祖父につれられて、極寒の山に籠り、伐採し、窯に火を入れ、木炭になるまでの数日間を山小屋で寝泊まりしながら窯を見守っていた。

やがて時代が変わり、その山小屋は避暑に訪れる旅人の宿となった。

源流の静かな湿地帯だった場所は農水用の溜池となり、現在は観光地となっている。

夏でも掛け布団をしっかりかけて熟睡できるほど、標高1500mのその湖畔にはいくつもの止まり木がある。

一軒、一軒と増えていったバンガローを基に、祖父は炭焼き職人から、旅館の主人へと人生を歩み始めた。

毎年決まった季節になると、画家の卵や釣り人、登山客たちが訪れた。年を重ねるごとに顔なじみが増え、旅館は人と人をつなぐ場所になっていった。

毎年スケッチに訪れていた画家の卵が、その後どんな人生を歩んだのかはわからない。

ただ、祖父の旅館のロビーには二枚の絵が飾られていた。おそらく上高地の河童橋から望む風景を描いたもの。

私は芸術にはあまり興味がないと思っていたが、祖父の部屋には名だたる画家たちの作品集や美術書が数多く残されていた。

旅館経営には、順風満帆な時ばかりではなく、苦しい時期もあったはず。そんな時、毎年訪れる旅人たちと夢を語り合う時間が、祖父の心を支える力になっていたのではないかと思う。

「芸術は飯のタネにならない」

芸術は飯のタネにならない、と言われることがあるけれど

芸術は、人の感性を磨き、心に静けさをもたらし、新しい発想を生み出す力を持っている。

その豊かさは、巡り巡って人生や仕事にも影響を与えていく。芸術作品は、生前に評価されるものもあれば、作者が亡くなってから価値が認められるものも少なくない。だからこそ芸術の価値は、値段ではなく、人の心に何を残したかで決まるのだと思う。祖父が旅人たちと過ごした時間もまた、お金には換えられない、かけがえのない財産だったのではないだろうか。

この絵の作者を知らないが、もし逢えたなら、絵に込められたエピソードや祖父との思い出話を肴に地酒でも酌み交わせたら嬉しい。絵心はない私だけど、いろんな場面で、芸術にふれることは自分らしさを戻す大切な時間です。

 

 

 

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